とりとめもなくルーツ
ローンチ直前のプロジェクトを抱え、ピリピリする週明け。
確認出しが終わり、もう今日は残っていても作業は明日になるし、
ということで今日は解散。
飲みに行きたいなーという気分だったけど、こういう日に限って
携帯を家に忘れる(忘れたことなんかい無いのに)。
社内を見回しても、みんな切羽詰まっていてとても誘える雰囲気ではない。
携帯さえあれば誰か飲みに誘うのに…つくづくタイミング悪いよなー私。
と思いつつ、いつものバーに行こうかな、
でも今日飲んだら悪酔いするよなぁとか考えて自制する(大人になった!)。

というわけでどの店もあいておらず、近所の焼き肉屋に入る。
居酒屋とか、焼き肉屋とか、一人で入るの平気な性格はこういうとき得だと思う。
そうだきっと、今日は一人きりで考えなさいと、神様も言っているに違いない。
ホルモンと豚カルビを頼んで一人思いふけっていると(豪快にため息ついたりした)、
やたらと店員さんがチラ見してくる。
よっぽど思い詰めてると思ったのか、ちょっと話しかけて来る店員さん。
そういえば昔、中目黒の居酒屋に一人で入って号泣してたとき、
何も言わず二品もサービスしてくれたことがあったなぁ…女が一人で
思い詰めて飲んでるのってそんなに哀れかなぁと思いつつも
私は気前がいいので、店員さんに一杯ご馳走してしまう。

そんなこんなでお互いのルーツの話になる。
その店員さんは、自分が何をしたいのかわからず、カナダに留学に行ったとか、
そんな話をしていた。今も、何をしたいのかわからないんだって。
だからこそ、無限の可能性があるとか言ってた。
私は純粋に、そういう人をうらやましいと思う。
私は小さい頃から親が厳しくて、褒められたことなんか一度も無かったから(比喩じゃなく本当に一度も無い)、
絵を描くのが得意で、先生に褒められたりしたとき、「私が生きる道はこれしかない」って、
すごく小さな頃から思ってた。もう、そこでしか認められないって、
かなり強烈に思ってました。
だから、何でもできる、自分にはどんな可能性でもある、と大人になっても
思ってる人って、すごく幸せだと思うし、うらやましい。
私も本当は何でもできるはずなのに、絵とか、デザインとかで
認められないと、自分の価値はないのかと思ってしまう人間になってしまった。
それを親のせいにするのは短絡的かもしれないけど、親にまったく認めてもらえず、
唯一絵だけは褒められて、親以外の評価を得て、これでしか褒められないと
悟って、ずーっとそうやって育てられてきた身としては、
今さら何でも好きなことして生きなさいと言われても、ちょっとね…。

大人になった今、なぜ親があんなに自分に厳しく育てたのか、
理由も知っているし、その気持ちも理解できるんだけど、
子どものときの私は、とてもそんな気持ちは受け止められるわけはなく。
ただただ、褒められたい一心で、機嫌をとりたい一心で、
褒められる上手な絵を描いていたんだと思う。
別にその当時の自分をかわいそうとは思わないけど、
ただ抱きしめたいなって思う。「上手に描けたね」って言って抱きしめられたら、
私の人生は変わっていたかもね。

たぶん、私は、絵が上手に描けなくても、親にとって聞き分けのいい素直な子になれなくても、
ただありのままの自分を受け入れてほしかったんだと思う。
でもそれができなかった。
でもまぁ、親がしいたレールにのっかったのは自分なんだけどね。

私が唯一救われていると思うのは、人との出会い、縁にほかならない。
今まで、好きになった人とか、友達とか、同僚とか、
みんな、いいとこころじゅっこ挙げろって言われたら即座に言える。
昔、あんなに私は愛されていないと泣いていたのに、
ふりかえれば、その時々で、ものすごく愛されていたと思う。
その人なりに、精一杯愛してくれていたと思う。
愛が足りなかったのは、私のほうだ。
いつも求めてばかりで、うまくいかなかった私。
子どもみたいに、ただ愛してほしいと泣いていた私。
でも、一番に抱きしめてあげられるのは、誰でもない私自身なんだって、
最近気づいた。
自分を愛して、最大限に尊重して初めて、人のことも尊重できるって気づいた。

本当に今更かもしれないけど、そういう当たり前のいまさら、が、
私はできません。ちょっとづつ、自ら気づいていくしかないんだと思う。
今まで私に関わってくれたみんなに感謝します。ありがとう。
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by chihosh | 2008-02-26 00:56 | Daily life


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